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2019-05-28

穏やかな日々を過ごすために見直したいこと

スピリチュアルカウンセラー&占い師のTomocoです。
今回は、スピリチュアルカウンセリングや占い師としてお悩みをお伺いしていく中で、
「穏やかな日々を過ごすために見直したいこと」について、私が感じたことや私自身の経験を交えて書いて行きたいと思います。

目が覚めてから眠りに着くまで、心穏やかに一日を過ごすことが出来ればいいですが、思い通りに行かない日もありますね。

思いがけずイライラしてしまった時、悩みごとが頭が離れない時は、瞑想をして心を落ち着かせるのが一番ですが、瞑想はハードルが高いと感じてしまう場合や瞑想なんてしてる場合じゃないよ!と思う時は、ただぼんやりと空を眺めてみることをお勧めします。
夜空でも素敵ですね。

その時、「あんなことしなければ良かった。」「こうしたら良かった。」などと頭の中で忙しく喋る声に耳を貸さずに、ただぼーっと、ぼんやりと眺めることが大切です。
簡単ですが立派な瞑想になりますので、私は気持ちが落ち着きます。
昔、失恋をして悲しくて仕方がなかった時、ぼけっと空を眺めていたら気持ちがスッキリしました。

悩みはエゴが原因

色々な方のお悩みを伺っていると人生において、何かと人間関係のトラブルが起こっていたり、いつも何かの問題を抱えており心が落ち着かない日々を過ごしている方は、一概には言えませんが、ご自身のエゴが原因であることが多いように思います。
私の場合、エゴと言う言葉も知らず、今以上にエゴまみれだった頃は問題だらけでした。
今思い返してみると、当たり前ですし酷い状態だったと思います。

エゴと聞くと途端に拒否反応を示される方もいらっしゃいますが、実は、それらの拒否反応や怒りもエゴの一部です。

エゴとは

エゴって何でしょう。

エゴと聞くと、エゴイスト、利己主義者と思い浮かび、あまり良いイメージがしませんね。

エゴ
自我 – 英語でego のこと。自己を対象とする認識作用、哲学および精神分析学における概念。
利己主義 – エゴイストの略 – 利己主義者。自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視する考え方。


引用 :Wikipedia

スピリチュアル的には、エゴとは、利己主義的な意味だけではなく、頭の中のお喋りのことでもあります。

一つひとつの考えに、完全に注意が奪われてしまっているようなら、頭の声と「本当の自分」とを同一視している証拠です。 これがエゴ、あるいは自分でこしらえた「わたし」です。 こちらは、 エックハルト・トール さんの「世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え」からの言葉です。

これらを読むと「えっ!じゃあ『私』って誰なの?」と思ってしまう方もいると思いますが、とても良い所に気が付かれたと思います。
自分でこしらえた「わたし(エゴ)」も間違いなく『私』です。

エゴは、世の中を生きている私であり、合理的ですが、怖れに支配されており、制限されています。そうであるからこそ、自分と他人をわけて考え、比較に苦しみます。

生きている限り、エゴを完全に消すことなどできませんし、消す必要などありません。
では、何を意識して見直して行くと穏やかな日々を過ごすことが出来るのでしょう。
それは、エゴに支配されないように過ごすことです。

エゴの支配から卒業する

問題は、ある日突然降って湧いて来るものではなく、必ずそれが起こるまでの過程があるものです。
火の無い所に煙は立たないように、問題の渦中にいる。もしくは、巻き込まれている。そのどちらであっても、ご本人に多少の原因があると言うことです。

既に起こってしまった問題には、冷静に対処して行くしかありませんが、その際、是が非でも自分にとって有利に進めようとか、如何に相手の非を分からせようと躍起になるのではなく、あくまでも平和的に解決を図ろうと努めることです。
そこで、抵抗を感じる箇所が、紛れもないあなたのエゴです。

エゴが強いと何でも自分が正しく思えるもので、周囲を馬鹿にしがちですし、自分を正当化するために、批判的になってしまいます。そのような人の周りに、問題が絶えず起こってしまうのはある意味、仕方がないようにも思いますね。

エゴの強弱により人生で起こる問題の数が違うように思います。エゴの強弱については、育った環境からの影響や、ご本人が持って生まれた気質も関係しますが、ある程度、大人になっていれば、それは、もう誰のせいでもなく自分の問題になります。
エゴの支配から卒業しましょう。

謙虚であること

何かと問題が起こると感じられる方は少なからず、どこかで何方かには指摘をされているでしょうから、その指摘やアドバイスを謙虚に聞き入れる耳を持つことは大事なことだと実感しています。

自己改革を行う本当の強さを持たれると人生の問題や悩みごとが少なくなり、穏やかな日々を過ごすことが出来るようになるでしょう。
少なくとも私はそうでした。では、また次回!☆彡

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